父母の名前も、本当の名字もわからない…「豊臣兄弟」にとってあまりに不都合な“出自問題”の最新研究(プレジデントオンライン)

■ ニュース概要
配信日時:Sat, 03 Jan 2026 09:15:40 GMT
江戸時代に描かれた“絵本”のワンシーン(実物) ■「日輪の子」として神格化された秀吉 「父は尾張国愛智郡中村の住人、筑阿弥(ちくあみ)とそ申しけるあるとき母懐中に日輪(にちりん)入給ふと夢み、已(すで)にして懐姙誕生しけるにより童名(わらびな)を日吉丸(ひよしまる)といいしなり」 豊臣秀吉の父は現在の愛知県名古屋市中村区(尾張国愛智郡中村)に住んでいた筑阿弥という人物で、筑阿弥の妻の体内に太陽(日輪)が入って妊娠したことから、子は日吉丸と名づけられた――豊臣秀吉の誕生を記した『甫庵太閤記』(ほあんたいこうき)巻第一の一節だ。その内容は天正8(1580)年〜同18(1590)年の秀吉の合戦を中心としているが、天正13(1585)年の章は『関白任官記』といわれ、奥書に「天正十三年八月吉日」とあることから同年7月、秀吉が関白に任じられた直後に書かれたとわかる。
■ 注目すべきポイント
- 江戸時代に描かれた“絵本”のワンシーン(実物) ■「日輪の子」として神格化された秀吉 「父は尾張国愛智郡中村の住人、筑阿弥(ちくあみ)とそ申しけるあるとき母懐中に日輪(にちりん)入給ふと夢み、已(すで)にして懐姙誕生しけるにより童名(わらびな)を日吉丸(ひよしまる)といいしなり」 豊臣秀吉の父は現在の愛知県名古屋市中村区(尾張国愛智郡中村)に住んでいた筑阿弥という人物で、筑阿弥の妻の体内に太陽(日輪)が入って妊娠したことから、子は日吉丸と名づけられた――豊臣秀吉の誕生を記した『甫庵太閤記』(ほあんたいこうき)巻第一の一節だ
- その内容は天正8(1580)年〜同18(1590)年の秀吉の合戦を中心としているが、天正13(1585)年の章は『関白任官記』といわれ、奥書に「天正十三年八月吉日」とあることから同年7月、秀吉が関白に任じられた直後に書かれたとわかる
- 萩中納言は何者かの讒言(ざんげん/人を陥れるため虚偽を告げ口すること)によって京から尾州(びしゅう/愛知県と岐阜県にまたがるエリア)に追放されるも、その後、中納言の娘が復権し宮中に仕え、子を宿した――それが秀吉というのだ
■ おわりに
ニュースの背後にある背景や影響を意識することで、日々の報道がより深く理解できるようになります。気になる点があれば、元記事や関連報道もあわせて確認してみてください。
(元記事)
https://news.yahoo.co.jp/articles/6110c443c28abc878b955f03255b33a4351d40d7?source=rss