春の陽ざしは、桜の花びらが舞い散る街角で、甘く切ない恋の予感を漂わせていた。
真理子は毎朝、通勤途中に信号待ちをする交差点で彼を見かけていた。
彼の名前は知らないが、その瞳に映る景色に魅せられ、心が躍った。
彼はいつも、信号が青に変わるまでの短い間、空を見上げるかのように静かに立っていた。
ある日、真理子は彼に声をかける決心をした。
信号待ちの間、彼の横に立ち、緊張で震える手を握りしめた。
だが、言葉はうまく出ず、彼は気づかずに去っていった。そんな日々が続いた。
ある晴れた日、真理子はついに彼に話しかけることができた。
「おはよう」という短い言葉だったが、彼は驚いた顔で笑って応えた。
彼の名前は拓海だと分かり、毎朝の信号待ちがふたりにとって特別な時間となった。
時が過ぎ、桜の花びらが地面に埋もれる頃、拓海は遠くの地へ転勤することになった。最後の信号待ちで、真理子は涙を流し告白した。
しかし、拓海はうつむきながら、「ありがとう、でも僕には彼女がいるんだ」と言った。
真理子は悲しみにくれ、言葉を失った。
それから数年後、真理子は結婚し、幸せな家庭を築いていた。
だが、春が訪れる度に、信号待ちの恋が心の奥に蘇る。
ある日、彼女はたまたまその交差点を訪れた。
信号が赤に変わり、足を止めた瞬間、偶然にも拓海が隣に立っていた。
驚く拓海に、真理子は微笑んで「お久しぶり」と言った。
拓海は「おかげで幸せだよ」と答え、指輪のない左手を見せた。
真理子も笑顔で、指輪をはめた自分の手を見せた。
ふたりの間には、言葉では語れない絆が生まれていた。
信号が青に変わると、真理子と拓海は同時に歩き出した。
昔と変わらぬ信号待ちの時間、互いの人生を語り合い、桜の花が舞い散る景色を眺めた。
それぞれの幸せを祝福し合いながら、過ぎ去った恋心に別れを告げるかのようだった。
交差点を過ぎると、拓海は真理子に向かって「この街に帰ってきたんだ。実はあの時、君に会えて本当にうれしかった」と告げた。
真理子は優しく微笑み、「私も拓海くんに会えて幸せだよ」と答えた。
それから、真理子と拓海は互いの人生に戻っていった。
それぞれの家族に愛され、幸せに過ごす日々。
だが、春の訪れと共に、信号待ちの交差点で過ごしたあの日々が、ふたりの心の中で永遠に輝き続けた。
時が流れ、季節は巡り、その街角の桜の木も大きく成長した。
そして、ある日、真理子と拓海の子供たちがたまたま同じ交差点で出会った。
信号が赤に変わり、互いに気づいた瞬間、桜の花が舞い散る中、新たな恋の物語が始まったのだ。
信号待ちの恋は、ふたりにとって一生の思い出となり、その魔法は次の世代にも受け継がれていく。
恋が始まる予感は、信号待ちから始まるのかもしれない。